『源氏物語』を原文で読む

広島市中区・安佐北区で源氏物語講座を行っている講師のブログです

子はかすがい

大学時代、教授(男性)が私に何度も言いました。

 

我が子と引き離された明石の君の哀しみを本当に理解できるのは、子供を産んだ女性だけじゃないですか?

 

一昔前は「研究したいなら結婚だの出産だのは諦めろ!」という時代だったそうですが、この教授は私に結婚や出産を勧めました。「登場人物の心情を理解するのには人生経験が必要だから」と。

 

「文学研究のため」というわけではありませんが、後年私は結婚し、三児の母となりました。

 

もし夫に愛人がいて(いませんが)、その女に愛娘を育ててもらうと言われたら・・・(言われないけど)、うん、無理。相手の女と夫を殺したくなると思います。明石の君はよく耐えましたね・・・(涙)。

 

その教授は母となった私に聞きました。

 

紫の上の不幸の原因は何だと思いますか?

 

私はこう答えました。

 

子供を産めなかったことと、父親の後見がなかったことです

 

父親の後見の重要性については以前書いたので割愛します。今回のテーマは「子供の重要性」について。

 

光源氏の正妻格である紫の上は、光源氏の多くの妻妾の中で一番愛されますが、子供を産むことはできませんでした。

 

現代日本の女性について「子供を産んだほうが勝ち組」云々と言ってるわけではないので、誤解して怒らないでくださいね。ここで言いたいのは、あくまでも紫の上に関しては「子供を産めなかった=不幸」っていうことです。

 

かの有名な『あさきゆめみし』にこんな場面があります(講談社コミックス版10巻の149~150頁)。紫の上に先立たれた光源氏を前にして、明石の君が涙するのです。原典の幻巻に相当する箇所ですね。

 

すくなくともわたくしにはちい姫という逃げ場があった・・・。男と女という絆でなくとも、ちい姫の母であるということが殿にわたくしを結びつけていた・・・。けれども・・・その逃げ場をもたなかったあのかた(※紫の上)は・・・。ただひとり・・・愛だけをたよりに・・・。そして三の宮さまのご降嫁でその盾(※光源氏の愛)砕かれてしまったとき・・・あのかたは・・・とうとう・・・」 

 

深い。深い台詞ですよ、これは。

 

「紫の上の死因はノイローゼによる病」なんて言われていますが、もし彼女に子供がいたら、ここまで病まなかったかもしれません。女三の宮が光源氏の元に降嫁しても子育てしてたら気が紛れたかもしれないし、そもそも、紫の上が子供を産んでいたら、紫の上の妻としての地位が重くなるから、光源氏は女三の宮を迎えなかったかもしれない。自分は子供を産めないのに、女三の宮は薫を産んだ(薫は本当は柏木の子ですが、表向きは光源氏の子ですからね)。ううう、想像しただけで胸が苦しい・・・(涙)。

 

平安時代に限らず、「子供の存在」っていつの時代においても大きいと思います。子供を産まない選択をする人が増えた現代ですら。

 

子供がいない夫婦なら、どちらか一方の愛が冷めれば、わりと簡単に離婚できます。いや、簡単ではないかもしれませんが、子供がいる夫婦よりは離婚のハードルが低いと思うんですよね。

 

子供がいたら、浮気されてもすぐに離婚は決意できません。だって自分と子供が路頭に迷うかもしれないんですもの。自分一人だけなら仕事すれば自分の食い扶持ぐらい稼げるでしょうが、子供を育てるとなったらお金がかかるし、子供がいない人ほど時間が自由になりません。

 

まぁ、「めちゃくちゃ仲が悪いのに、子供のために離婚しない」っていうのは夫婦にとっても子供にとっても不幸なので、「子供は産むべき。子供がいたほうがよい」とは言い切れないんですけどね。

 

でも、やっぱり「子供がいるって強いな」と感じた出来事があります。

 

私の知人女性が、バツ1子持ちの男性と結婚したんですよ。子供は前妻が引き取っていたので、知人女性は夫と二人暮らし。経済的な不安から子供は作らず、彼女はせっせと働いて、夫と前妻が購入したマイホームのローンを払っていました(働くのが嫌いな夫だったので、夫はローンを払いませんでした。←ひどい)。

 

この場合、マイホームのローンの大半を払ったのは知人女性なのに、夫が亡くなっても、マイホームは彼女の物にはならないんですよね。前妻の子供にも相続する権利があるので、「夫の死後はそのマイホームを処分して、現金を前妻の子供に払う」等の必要があるわけです。

 

知人女性に対して「「マイホームは後妻に残す」という遺言を夫に書いてもらっておきなよ」とアドバイスする人もいましたが・・・。知人女性側の人間はそう思うけど、前妻や子供側の人間からしたら、そんな遺言状を残されたらたまったもんじゃないですよね。相続するのは正当な権利なわけですから。

 

まぁ、結果的には、働かない夫に愛想をつかして知人女性も離婚したんですけどね。でも知人女性にも子供がいたら、子供が父親の遺産を相続できたのに・・・と思うと、やっぱり「子供の存在って大きいな」と思うわけです。

 

 

話は『源氏物語』に戻りますが、花散里も光源氏の子供を産んでいません。

 

でも彼女は、光源氏の息子である夕霧や、光源氏の養女である玉鬘、そして夕霧の子供の面倒をみることで、光源氏にとって大事な存在になっています。美貌もない、父親の後見もない花散里ですが(美人じゃない分、紫の上より不利ですね)、彼女は彼女なりのやり方で「光源氏にとって必要な女性」になったわけです。賢いなと思います。

 

やっぱり「母」は強いですね。

 

紫の上も明石の姫君(=『あさきゆめみし』で言うところの「ちい姫」。実母は明石の君)の「母」ではあるんですが、花散里ほど「母」に徹しきれなかったのが、紫の上の不幸の原因かもしれませんね。紫の上は死ぬまで「母」というより「妻」だったんですよね。

 

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